四十にして惑わず (起業時の事)

  • 2018.04.18 Wednesday
  • 03:07

 

 

昨日4/17は、1985年我らが阪神タイガースが甲子園で伝説のバックスクリーン3連発があった記念すべき日…

 

 

 

 

でもあるのですが、私の誕生日でもあります。

 

おかげさまで40の大台に乗りました。

 

お祝いのメッセージ頂きました皆様、ありがとうございます。

 

 

よく

 

“四十にして惑わず”

 

と言いますが、どうなんでしょうね。

 

目の前の仕事をこなすことで精一杯なので、惑わずと言えば惑わず。

 

 

さて、先日の話しなのですが、

 

あるハガキがポストに入っておりました。

 

開けてみると…

 

 

そう、金融機関からの完済のお知らせでした。

 

これは感慨深いモノがありまして。

 

何かとうまくいかない人生の中でも、これは胸を張れるものです。(エッヘン

 

 

5年前の起業時に融資を受けておりました。

 

今でも思い出しますね、書類を用意して面談を受けに行ったあの日の事を。

 

起業時の事を少し書きましょうか…

 

 

 

 

 

当時5年ほど勤めた東京の会社を辞めて、大阪の実家に戻り、起業の準備をしていました。

 

準備とは

 

工房兼店舗となる物件を探したり、

 

金融機関に提出する書類を作ったり (これは金融機関に勤める友人がいたので、相談に乗ってもらい非常に助かりました。)

 

機械や材料などの選定をしたり、

 

関西(大阪)は久しぶりに戻ってきたので、情報収集をしたり、

 

 

などなどしていました。

 

 

物件は当初大阪(市内)で探していました。

 

当時同じ時期に起業する某職人と情報交換をしていたのですが、

 

彼は少し早いタイミングで大阪市北区で思うような物件を見つけることが出来、

 

それを聞いた自分は焦っていました。

 

とはいえ、大阪に自分の条件に見合うような物件は無かったのです。

 

 

 

 ・賃料 (思ったより)賃料が高め。市内でも中心部の良いエリアで探していました。

 

 ・面積 工房兼店舗で機械類や材料も置くので、それなりの広さが必要でした。

 

 ・内装費 内装に予算を割かないといけない物件が多かったです。

 

 ・音の問題 機械やハンマーでどうしても音がなる。

 

 

これ以上は時間をかけれないなと思っていると、知り合いから「神戸方面まで広げてみれば?」とアドバイスが。

 

ネットで探し、春日野道駅と神戸駅の物件を見に行きました。

 

ほとんど土地勘のないエリアで、不安だったのですが、

 

その不安感よりもとにかく早く仕事を始めたかった気持ちの方が強かったように思います。

 

 

 

というのは、靴工房として起業するに辺り、両親、特に父親からは良く思われてなかったのです。

 

靴作りを生業とする事に抵抗があり、専門学校に進学する際にも反対されました。

 

何度か話し合いも持ちましたが、自分の中で理解を得るのは難しいという結論になりました。

 

また金融機関から融資を受ける際に保証人を付けるかどうか、これはさすがに親には頼めず、

 

止む無く兄にお願いしました。

 

専門学校在学時、奨学金を借りていたものの、2年時に資金ショートを起こしそうになり、ここで退学するか…散々悩んだ結果兄に借りた事があり、助けられた経験がありました。(←就職後に返済計画通り完済しました。)これは感謝しましたね。ここで断れていれば、今のKenji Hashimotoはないです。

 

今度も大丈夫だろうと高をくくっていたのですが…今度は見事に断られました。これは想定外の事で、かなり落ち込みました。

 

 

 

後に金融機関の面談の際に、

 

「保証人付けないとこの額(割高)になりますが、いいですか?」

 

と言われますが、

 

それくらいの負担でもとにかく借りれるなら有り難い。

 

とさえ思っていました。

 

(これは非常にリスキーな状態で、金融機関の冊子にも身内から理解を得られないなら、一度よく考えましょう的な事が書かれています。全くその通りだと思います。私は運が良かっただけなので、良い子は真似をしないように。でも引くに引けない部分があったんですよ。)

 

 

こんな感じの状況だったので、神戸行きというのは大阪から距離を置けるまさに“渡りに船”でした。

 

そして神戸駅近くの今の工房を選ぶ事になる訳です。

 

大阪の金融機関で書類をもらった直後、何かがひらめいてその場で不動産屋さんに契約する旨の連絡をした事を覚えています。

 

後に聞いた話しですが、カフェをやろうとしていた女性も本物件を考えていたそうです。

 

あの時に電話をかけてなかったらどうなっていたのか…

 

人生は面白いですね。

 

 

長くなるので、続きは次回へ。

 


 

3年前の今頃

  • 2017.02.03 Friday
  • 07:47

 

 

3年前の今頃、一人のお客様が工房にいらっしゃいました。

 

 

 

当時、まだオープン前の準備をしている段階で、

 

いつオープンするのか、自分でも読めない、あるいは此の期に及んで迷ってる…そんな状況でした。

 

そんな中、一人のお客様が「靴を作って欲しい」とSNS経由で相談があり、

 

その方に合わせるような形で(プレオープンとして)Kenji Hashimotoがスタートしました。

 

 

今から考えると、オープン前の実績も実態もよく分からないような靴工房に東京からアポ入れて訪ねてくるとは酔狂な方だなと。(失礼)

 

商売的には非常にありがたいんですが(実際救世主のような存在でした)、

 

当時は「大変なことになった(いよいよスタートしなくてはいけない)」というのが正直なところでした。

 

そうこうしているうちにその方が広めていただいたおかげで、翌月には他のお客様がいらっしゃって…という形で…

 

非常にありがたかったですね。

 

*ちなみに当時は早い仕様なら木型から起こしても納期1ヶ月程度でお渡ししておりました(遠い目

 

 

 

タイミングが遅くても早くてもいけなかった、

 

3年前というのはそういう意味では絶好のタイミングだったように思えます。

 

ですがこの3年間、決して順風満帆というわけではなく、

 

山あり谷あり、何度か「もうダメかなぁ」と思うこともありました、正直。

 

そんなタイミングで救いの手が…

 

これは「まだやりなさい(簡単には死なさないわよ)」という事か、ううぅ…

 

 

 

 

振り返ってみると、そんなみなさまに支えられてやってこれました。

 

改めてみなさまありがとうございます。

 

 

もう3年

 

 

まだ3年

 

 

受け取り方はいろいろですが、

 

オープン当時と今でも変わらないのは「目の前のお客様に対して真摯に向き合う」という事。

 

あれから上は60代の方、下は20代の学生さんまで、最近は女性の方々からのご相談、ご注文も増えてきました。

 

みなさん、それぞれにお悩み、ご希望があり、なぜ「Kenji Hashimoto」なのかを話して下さいます。

 

そういった相談動機、注文動機をお伺いすると、この仕事を始めて良かったなと心から思います。

 

 

靴でできることは限られますが、

 

靴でしかできないこともあります。

 

 

 

書いたようにお客様から後押しされてリリースされる製品、サービスなどがあります。(押しに弱いタイプです

 

何でもお気軽にご相談ください。

 

 

 

 

何かとストレスフルな社会ではありますが、

 

これまでよりも少しでも日々を

 

快適に

 

気持ち良く過ごせる

 

上質な

 

製品、サービスを。

 

 

 

 

4年目もどうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

☆今年最初の東京受注相談会☆

開催日 2/5,6
場所 オールドハット東京(明治神宮前)http://oldhat-jpn.com

価格 128,000円〜(税抜)(木型代30,000円仮縫い代込)

納期 8ヶ月後〜(途中仮縫いあり)

 

現在ご予約可能な枠は下記の通りです。*時間に変更がありました

2/5 18:30〜

2/6 18:30〜

場所、サービスの都合上、事前予約制としております。

ご予約、お問い合わせはメールでお願い致します。

 

今回も足、靴でお悩みの方とお会いできるのを楽しみにしております(^^)

 

 

という事で、枠は残り2枠となっております。

 

ご希望の方はお早めにどうぞ。

 

 

 

 

「シーモアさんと、大人のための人生入門」

  • 2016.11.17 Thursday
  • 12:20

 

 

先日SNSで見かけた映画を見に行ってきたのですが、

 

個人的にすごく良かったので、ご紹介を。

 

 

「シーモアさんと、大人のための人生入門」

 

http://www.uplink.co.jp/seymour/

 

 

 

 

 

ミニシアター系の映画を見るのは久しぶりの事。

 

客層が皆さんかなり高めの年齢層で、どこか品のある感じが印象的でした。

 

 

監督はイーサン・ホーク

 

顔、名前はよくしていますが、代表作なんだったかなぁと思うと、

 

「トレーニング・デイ」「リアリティ・バイツ」

 

「あー」って感じで思い出しました。

 

特にトレーニング・デイは好きな映画でしたが、デンゼル・ワシントンの印象が強かったようです。

 

 

 

さて、この映画の肝心の内容ですが、

 

以下は公式HPから抜粋

 

“人生の折り返し地点——アーティストとして、一人の人間として行き詰まりを感じていたイーサン・ホークは、ある夕食会で当時84歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタインと出会う。たちまち安心感に包まれ、シーモアと彼のピアノに魅了されたイーサンは、彼のドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。

シーモアは、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を「教える」ことに捧げてきた。ピアニストとしての成功、朝鮮戦争従軍中のつらい記憶、そして、演奏会にまつわる不安や恐怖の思い出。決して平坦ではなかった人生を、シーモアは美しいピアノの調べとともに語る。彼のあたたかく繊細な言葉は、すべてを包み込むように、私たちの心を豊かな場所へと導いてくれる。”

 

 

という内容で、

 

 

ピアノにもその他楽器演奏にも縁のない自分にどこまで共感できる部分があるか、

 

 

いささか不安ではあったのですが、見始めるとそういった不安は払拭され、

 

心に響く言葉、シーンが数多く有り、気付くと涙が流れてました。

 

 

その一部を。

 

 

 

 

「音楽はいっさいの妥協を許さず、言い訳やごまかしも受け付けない。

そして、中途半端な努力も。音楽は我々を映す鏡と言える。

音楽は我々に完璧を目指す力が備わっていると教えてくれる」

 

 

 

 

「音楽の教師が生徒にできる最善のことは、生徒を鼓舞し、感情的な反応を引き出させること。

音楽のためばかりではない。人生のあらゆる場面で、重要なことだから。」

 

 

 


 「音楽に対する最初の反応は、知的な分析なしに起こる。

たとえば才能豊かな子供は、音楽の構造的なことや背景を知らずとも、音楽をとても深く理解できる。

こうした無知さには、大人も学ぶことがある。」

 

 

 

 

「音楽という芸術は、完全に予測可能だ。音楽は不変だから。

ベートーヴェンが変ロ調とすれば、永久に変ロだ。

音楽は予測可能だから、音楽に取り組むと、秩序という安心感を得られる。

調和があり、予測も可能なら、コントロールも可能だ。」

 

 

 

 

「音楽に情熱を感じていたり、楽器を練習する理由を理解していれば必ず出来るー

音楽家としての自分と普段の自分を、深いレベルで一体化させることが。

するとやがて音楽と人生は相互に作用し、果てしない充実感に満たされる。」

 

 

 

このように心に響く示唆に富んだ表現、

 

説得力を持たせているのは類まれなる才能と不断の努力があってこそ。

 

一芸を極めた人には、確固たる軸、信念を持ち、応用力があるのだなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアノについてのこんなのもあります。

 

「ピアノは人間と似ている。

製造方法は同じでも、同じものはできない。

人の手が加わっているから。

それに響板は生きているし、材料の木も全て違うからだ。

響板は振動するが、素材の木が違うので、振動の仕方も違う。」

 

 

半年前にTVで放送されたピアノメーカー各社の調律師がショパンコンクールで奮闘する姿を描いたドキュメンタリーを見て、

 

興味深いものがあったので、ここは自分の中でリンクしました。

 

 

 

 

といった感じなのですが、映画全体を通して、自分に置き換えて見てました。

 

ピアニスト→靴職人

 

ピアノ→靴

 

案外共通する部分が多く、違和感なく感情移入出来たのは幸いでした。

 

 

先程のピアノの製造方法は同じでも、同じものは出来ないというのは、

 

靴も全く同じで、革も木も天然素材ゆえのブレ(個体差)があり、

 

人がコントロールできる範囲は限られてしまうのかもしれません。

 

 

 

また、

 

音楽家(俳優)=芸術家≠商業主義、

 

大衆が望んでいるものと、自分たちが表現したいものとのギャップ…

 

成功とは何なのか…

 

について言及しているシーンがあります。

 

これは靴職人も似たような部分があり、いろいろと考えさせられました。

 

 

 

 

 

 

個人で靴工房をやっていると不安、重圧など精神的に厳しい事もあるのですが、(もちろんお気楽なところもありますが…)

 

今回の映画でかなり持ち直した感あります。

 

 

 

興味持たれた方は、一度ご覧になって下さい。

 

 

二つ目ゲットだぜ!

  • 2016.08.06 Saturday
  • 08:28

 

数日前から

 

帯状疱疹(ヘルペス)に罹ってしまいました。

 

 

 

何か左脇腹に鈍痛がする

 

何か背中に汗疹がある

 

 

 

気のせいか

 

と思ってたのですが、

 

しばらくすると発疹が一気に広がり、

 

だるさ、頭痛…と風邪に似た症状も出てきて、

 

皮膚科に行くことに。

 

 

 

採血、注射、大量の飲み薬、塗り薬を頂き、

 

目下治療しております。

 

 

 

基本投薬で治るようですが、重症化すると後遺症などもあるようで油断禁物ですね。

 

 

名前はよく聞く疾患でしたが、

 

実際に罹ってみて、その辛さがわかりました。

 

「ほぅ、こういう感じの痛みと症状か…」と。

 

また抗ウィルス剤は後発医薬品がなく想像以上の出費になったのは何気に辛いです(苦笑)

 

 

何事も先手先手が重要で、

 

せめて一日前に受診しておけば…と後悔しております。

 

 

 

ご注文をお待ちの方は今しばらくお待ち頂ければと。

 

 

 

 

おかげさまでこれまでの人生では病院にかかることはほとんどなかったのですが、

 

ここ最近はハイペースでかかっております。

 

 

右肩インピンジメントでの整形外科に続き、

 

帯状疱疹での皮膚科…

 

世間ではポケモンをゲットされているようですが、

 

こちらは確実に疾患をゲットしています(笑)

 

次は何の疾患で何科に罹るんでしょうか…

 

 

自らの身体を実験台にして知見を得れるのは興味深いことなのですが、

 

なるべく仕事に支障の出ない軽いモノでお願いします(笑)

 

 

 

キャリア2

  • 2015.02.10 Tuesday
  • 01:53
更新頻度が予定より遅れてしまい申し訳ないです。

さて、前回の続きです。

学校にいくのか、どこかに職人さんのところに弟子入りするのか…
検討した結果、体系的に靴作りを学べて、
独立をする前にある程度の期間、経験を積むことが出来、技術を高めたいと考え、就職体制が万全なところ…ということで、
靴の専門学校に入ることにした私は、
国内の学校についてじっくり時間をかけて資料請求、見学などをして調べることにしました。
東京3校、神戸1校。
当然それぞれ一長一短がありましたが、最終的に母校(整形靴)を選んだのは、
既製靴では合わない患者、障害者向けに作る高度な技術を身につけれるならば、
一般の人に対しても容易に対応可能だろうという考えがありました。
特にフィッティング、木型製作を重視していたので、
整形靴マイスターから石膏包帯による採型(型取り)を学べるのが決め手になりました。
現在、業界で多くの知己を得ていますが、他の学校を選んでいるとまた違った関係性になったかもしれません。

そんなこんなで全日制2年間の学校に通う訳ですが、
自分が思っていた以上に実技が出来ない(不器用である)事を思い知らされます。
思えば、ミシンは小学生の家庭科以来、道具を持って手を動かす事自体久しぶりだったので当然と言えば当然。
こういうことは皆さんも経験があるかと思いますが、
何かを始める時に自分が何か映画や小説の主人公になったような気がして、
「自分はうまく出来るはず!」と「根拠の無い自信」に満ち溢れますが、それは気のせいでした。
経験やそれに裏打ちされた知識がないのに、うまく出来るはずもありません。

今でも先達の方々と比べると(比べるのもおこがましいですが)まだまだ技術、経験不足であると自覚をしています。
それでも最近荷物を整理して出てきた学生時代のアッパー(革をミシンで縫ったもの)を見ると、
誰がこれを作ったのか(もちろん私)というほど酷い出来で思わず笑ってしまったのですが、今の自分が過去に作ったと思えないくらいの成長は見せてます。

学生生活に話を戻します。
日々の実技に悪戦苦闘しながらも、27歳で改めて学生になるというのは新鮮で楽しい物でした。
おそらく自分の中でそれまでの学校生活というのが受け身で不完全燃焼だったのが大きかったのだろうと思います。
同級生は年齢も背景も様々で、個性豊かでした。

採寸、採型、木型、デザイン、パターン、アッパーメイキング、ボトムメイキング…フットベッド。
実技はこんなところですが、整形靴の学校なので座学が非常に多く、解剖学から病理学、義肢装具学などなど。
他の学校はよく存じないですが、これらを一気に詰め込むせいか途中で脱落者が結構な数で出ます。
自分の場合は結果が出ようが出まいか、目標がはっきりしていた事と高額な学費その他を自腹で行ってたので途中で辞めようと思ったことはありません。

学生時代はマイスターと個人的に話をするのが楽しかったです。
気まぐれで自分からは積極的に教える事は少ない方ですが、こちらから興味を持って真剣に話をするとそれなりの対応をしてくれました。
「なぜそうするのか?」「こんな時、どうするのか?」
やはり靴の歴史は欧州の方が長いので、その場所で学び働いていた人間の思想・設計・仕様などはよく考えられているなと感心しました。
今でも判断に迷ったり、困ったりすると「彼ならどうするのか」をまず考えます。

また彼との話で記憶に残っているのは、意外に「コレハショウガナイ」と言うことでした。
疾患や障害に対して、整形靴で何とか出来る事は限られると言うことなんですが、
学ぶ前は整形靴が「魔法の靴」のようにかなりの範囲で疾患や障害に対応できる技術体系と思ってたのですが、
現実はそうではなく妥協する部分は多く、その範囲で高い目標を持って出来ることをするというものでした。
これに関してはまたの機会に後述しようと思います。

学校では2月、ちょうど今ぐらいの時期に卒業試験があるはずです。
ここまで偉そうな事を書いてきましたが、実は私はこの試験に落ちて再試験を受けてます。(再試は合格してます汗)
時間制限のある中、モデル(後輩)の足に合った靴をつくるという試験で、
当日はすごく緊張して手が震える程でしたが、自分なりに頑張ったつもりです。
不器用と書いてきましたが、それも確かに原因の一つなのですが、基本も出来もしないのに自分なりに変にアレンジしたのが悪い結果になったのだと思ってます。
この結果は戒めとして、自分の中に今でも深く残っています。
ちょっと出来るようになるとすぐ調子に乗る自分にはちょうどいい薬だったのかもしれません。

ここまで書いてきたように私は凡人というか落ちこぼれの部類なのですが、
それでも何とかここまで来れたのは最終目標(というスタート地点)を設定し、
それに向かってするべき行動を取ってきたからだと思っています。

独立系の靴職人を目指す人々の相談を受けることがありますが、
僭越ながら僕から見ると、
「するべき行動をとってない」 そもそも 「最終目標を設定してない」
事がほとんどです。
具体的な目標が無ければ行動に移せない訳です。
それを設定するのは僕ではなくあなた、僕の夢とあなたの夢は違うはずです。

また会話の中で「時間がないから」「お金がないから」「△△があるから」「今は他にやることがあるから」という人々が多いのも気になります。
じゃ別にやらなくても(ならなくても)いいんじゃないかと思っています。
口ではやりたい(なりたい)と言っててもやるべき事を無意識に優先順位の下位に持ってきてるなら、それは本当にやりたいことなのかと自分に問いなおした方がいいのではないでしょうか。

僕はスタート地点に立つより継続してビジネスをする方が何倍も難しいと思っています。
そのスタート地点に立つことも出来ないなら…言わずもがな。

誤解がないように言うと、独立するのが特に良い悪いと言ってるわけでなく、
ただの労働のスタイルに過ぎないということなんです。
自分も独立して大変な事だらけで正直しんどい事の方が大きいです。
ただやりたかったことなのでやり甲斐はあります。
また嫌でもオールラウンドプレイヤーとして働かねばならないので、これは適性もあると思います。

やるべき事を優先順位の最上位に持ってこれないなら、割りきって会社員なりで組織の中でやり甲斐を見つけて生きていくほうが楽でいいじゃないかと思うのですが、どうでしょう。

今回はこの辺で。